京町家は本当に「建物価値ゼロ」なのか
解体前提の評価が、京都から失われているもの
京都で不動産をやっていると、「京町家=建物価値はゼロ」という前提に、何度も直面します。
築年数不詳、図面なし、耐震不安。
結果として評価は土地のみ。
解体して更地にして売る。
この流れは、もはや業界の“常識”になっています。
正直に言えば、この判断は合理的です。
金融機関も土地評価なら融資判断がしやすい。
買主も検討しやすい。
仲介業者としても説明が楽で、取引スピードも速い。
だから京都では、町家が次々と解体されていきます。
ただ、私はその「楽な判断」が、本当にすべて正しいとは思っていません。
建物価値がゼロになる理由は「使えない」からではない
京町家が評価されない最大の理由は、「収益化のイメージが湧きにくい」ことにあります。
住居としては使いづらい。
耐震・設備・間取りも現代基準では不十分。
金融機関も積算しづらい。
結果として「建物はないものとして考えましょう」という判断になります。
しかしそれは、「使えない建物」なのではなく、
「使い方が考えられていない建物」だと私は考えています。
店舗・賃貸として“生き返る”町家は確実に存在する
実際、京都には
- 商業エリアに近い町家
- 観光導線上にある町家
- 間口・奥行きのバランスが良い町家
こうした条件を満たす物件が多く残っています。
これらは、リノベーションを前提にすれば
- テナント
- 事務所
- 収益賃貸
として十分に成立します。
私たちは、そうした京町家を自社で購入し、リノベーションを行い、テナント募集・賃貸募集をかけ、「収益不動産」として再生してきました。
もちろん、すべての町家が残せるわけではありません。
解体が正解のケースも多くあります。
ただ、「築年数不詳だから」「評価が出ないから」という理由だけで、一律に建物価値ゼロとするのは、プロの判断としては雑すぎると感じています。
なぜ町家は“解体前提”になりやすいのか
理由はシンプルです。
その方が全員が楽だからです。
- 銀行は説明しやすい
- 買主は検討しやすい
- 仲介は早くまとめやすい
ただ、その判断の積み重ねが、京都という街から「使える建物」「歴史ある空間」を少しずつ”消している”のも事実です。
京都で不動産をやる以上、数字以外の視点も持ちたい
私は京都で生まれ育ち、
この街で不動産業をやっています。
だからこそ、
- 本当に壊すしかない建物なのか
- 収益として生かせる余地はないのか
- 次の世代に残せる形はないのか
こうした視点を持ったうえで、壊す/残すの判断をしたいと考えています。
それは綺麗事でも、文化保存の話でもありません。
不動産業として、本来の建物価値を見極める仕事だと思っています。
すべてを残すわけではない。ただ、考え抜く
私たちは、
- 収益性
- 立地
- 金融機関評価
- 将来の出口
これらを冷静に見たうえで、「残す価値がある」と判断した京町家だけを再生しています。
解体が正解な物件も多い。
それも事実です。
ただ、
考えずに壊すのと
考え抜いた結果、壊すのとでは、
プロとしての姿勢がまったく違う。
私はそう思っています。
京町家を扱うということは、街の未来を扱うこと
京町家は、単なる古家ではありません。
同時に、感情論だけで残すものでもありません。
だからこそ私たちは、
自社でリスクを取り
自社で購入し
自社で再生し
収益として成立させる
という形で、答えを出しています。
これが、
京都で不動産をやる一業者としての、
私たちの考え方です。